絵描く時間もないし、今更始めるのも、、と悩んでいたけれど




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始めた時期が遅すぎた。絵に費やせる時間がない。才能もあるわけではないし…… 以前私はそう思っていました。絵を自分の限界まで極められないのではと疑問を抱き、描く意味を見いだせませんでした。絵に夢中になりたくてもなれないのが辛かったです。

これについて尊敬するM先生に答えを求めました。

「絵を描く時間がなかなかとれず他の人みたいにうまくなれないのですが、どうすればいいのでしょうか。」

M先生は語り始めました。

知り合いで30年間絵が描けなかった人がいる。定年後にやっと絵を描ける環境が整った。もう一人、知り合いで仕事をしながらもコツコツ描いている人がいた。それについては色んな人がいる。

絵を描きたくても描けない人はたくさんいる。今世では描けない人もいるでしょう。それを思えば絵がうまくかけないことなんて大したことではない。

このことが今でも頭に残っています。「絵を描けることそのものが奇跡」と教えてくれたのは、この先生でした。ただ絵がうまくて教えているだではありません。絵を通して生きることそのものを教えてくれました。

それと、絵を描くということは誰かに譲られているかもしれないという意味が後にわかりました。

たまたま五木寛之が敗戦の引き上げ体験について語っているのをテレビで見たときのことです。

「1人しか乗れない船に3人が飛び乗った場合、どうぞと譲った人は帰ってこれない」という内容でした。つまり、生きている者は譲られている人。仏教用語で「悪人」だそうです。

絵にも同じことが言えるはずです。少ない富を奪い合うこの地球で、絵の具を買うお金は誰かが得るはずだったお金かもしれません。

だからと言って絵の具代を寄付しろという話ではありませんでした。生きているということは、絵を描くことは誰かに譲られてできることかもしれません。だからたまにでいいから絵を描けることに感謝してくださいね。という話でした。

ひょっとすると絵なんか描けなくても、生きてそこにいるだけでも素晴らしいと思える瞬間が来るかもしれませんね。

たまの休日に少し絵を描く程度で終わってしまうかもしれません。職の有無に関わらず描けない人もいます。

でも、そのできる範囲内で私は描きます。自分の気持ちを精一杯キャンバスにぶつけ、少しずつ一枚一枚形作ったものはきっと無駄にはならないでしょう。ひょっとしたら、それが何かに繋がるかもしれません。

もしアクリル絵の具が買えないなら、何も絵の具を使わなくたって、紙と鉛筆があれば絵は描けます。M先生は、それさえもなければ砂の上に描いたっていいと言っていました。

肝心なのは描きたい気持ち。今は描けない時間が続いていても、描きたい気持ちをずっと持っていれば描ける日が来たときに、自然と描きだすでしょう。

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